【500枚】第二次世界大戦後のフランス・・・に関する記事

質問
【500枚】第二次世界大戦後のフランスによるベトナム再占領について。フランスは第二次世界大戦でドイツに占領され、国力も低下し、なおかつ「占領されることの悲惨さ」を身をもって体験しているはずなのに、第二次世界大戦が終わるとすぐさま日本が放棄したベトナムの再占領・再植民地化にとりかかります。そんなことに国力を使うより、自国の復興を最優先しろよ、と思うのですが、当時のフランス国内の雰囲気はどうだったのでしょうか?連合国の支援でようやくドイツを追い出したのに、終戦したら戦勝国ヅラして、その勢いで「再び植民地を!」という雰囲気だったのでしょうか?それともやはり共産主義の蔓延(べトナム民主主義共和国の建国)は看過できず、イギリスやアメリカに、「ベトはお前ンとこの植民地だから、お前が出っ張れや!」と言われ、イヤイヤ出兵した感じなのでしょうか?国内の反戦運動はどうだったのでしょうか?感覚として、事実上の敗戦国が、戦後すぐさま再植民地化に国力を裂く、というのが理解できません。識者の方のご教授を賜りたく、質問いたしました。

回答
このころのフランスについては勉強不足で、しかもネットの日本語資料も乏しく、はなはだ頼りない回答ですが、ご容赦ください。>そんなことに国力を使うより、自国の復興を最優先しろよ、と思うのですが、現在からみれば、そうですが、後付的論評だと思います。当時としては、大戦以前の植民地経営はそれなりに利益を本国にもたらしており、復活させるという政策に妥当性があるという意見が支配的であった。軍事力をもっての植民地経営に経済的合理性がなくなったことを思い知らされたのはその騒乱以後です。大戦終結から1年も経たないうちに、ビルマ、インド、セイロン、オランダ領東インド、およびインドシナでは、暴動が発生。第二次大戦が独立運動の引き金となった。かつてのように植民地支配に甘んじることを拒絶し、抵抗運動の事実上すべてが幾分なりとも共産主義的な要素を内在させていたことにより、問題は複雑化した。★米国の戦後戦略と共産主義の浸透米国にとって、この独立運動が勃発したタイミングは最悪であった。西欧が疲弊し、英国が財政的に破綻状態にあり、中国が揺れ動き、ソ連が欧州とアジアに思いのまま拡大を図る可能性に怯える時期にあって、米国は古典的な接近・回避のジレンマに陥った。過去にラテン・アメリカ、中国、フィリピンに対して植民地主義的な政策を実施したことがあったにもかかわらず、米国人のほとんどは、民族自決を支持していた。加えて、民族自決は国連憲章やトルーマン・ドクトリンの精神に沿うものでもある。そのような性向から、1947年に米国はフィリピンの独立を認めるという戦前の約束を果たすに至った。したがって、米国の政策決定者が欧州によるアジアの再植民地化に手放しで賛成するはずはなかった。他方、米国が再植民地化に真っ向から反対すれば、欧州の経済復興とその政治的安定の両方を脅かす恐れがあった。戦前のオランダを例にとってみると、植民地の資源がGNPの半分近くを占めていた。フランスからは、北西アフリカとインドシナの海外領土が回復できなければ、復活を遂げ、すでに勢いを増しているフランス共産党の地位をさらに強化することになるであろうという警告が発せられた。加えて、共産主義の問題もあった。降伏した日本の軍隊が本国に引き揚げるや、太平洋に展開していた米国の部隊も撤退したために、欧州諸国の軍隊を一時的にアジアに復帰させることに米国が異議を唱えれば、最善の場合でも政治的混乱が生じ、最悪の場合には共産党が主導する抵抗勢力――それは民族主義組織の中でも最も統制のとれた規律正しい組織であることがほとんどであった――が思いのままに勢力を拡大していくことにつながる危険性があった。再植民地化に対する米国の反応は、両面的であった。米国は外交的には、現地人による安定した政権が築かれた暁には即時に撤兵するようかつての植民地宗主国を促し、1948年末には、オランダに新たに建国されたインドネシアの独立を強制的に承認させようとマーシャル・プランに基づく援助を停止すると脅した。ところが、それから1年も経たないうちに、毛沢東が勝利を収めると、米国はフランス領インドシナに軍事援助を行うようになるのである。1954年に、インドシナにおけるフランスの支配が最終的に崩壊したときでさえ、米国は依然として、植民地問題に対処するための首尾一貫した政策を生み出せずにいた。さらには、1960年代に入り、そのような政策がようやく打ち出されたときでさえも、その政策は完全に中ソの脅威という認識によって色づけられていた。結論 ベトナム再占領は、経済的理由で成されたが、国際情勢の変化とともに「反共」の戦いへと変質していった。スペースがなくなり、中途半端ですが・・・・。補足アルジェリアの植民地については、相当に根深い関係をフランスは築いていました。それゆえの紛争の長期化です。詳しくはhttp://meiseiken.hp.infoseek.co.jp/aruje.htm

出典:Yahoo!知恵袋

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