エスカレーターで大学に行く意義につ・・・に関する記事
質問
エスカレーターで大学に行く意義についての質問です。何故世間の母親は私立の小学校や幼稚舎に子供をいかせるのに血眼になるのでしょう?(私自身はまだ子供がいないのでまったく理解不能なのですが)自分自身、小学校、中学、高校は国公立で、大学から私立にいったのでまったくわからないのですが、エスカレータであがってきた学生は大学でも非常に成績も悪く、視野も狭く、就職にも失敗し、対人コミュニケーション能力も低く、人間関係もうまく築けていない人だらけです。(人間としての総合的な能力があまり高くない)勉強も、人としての能力もスポイルされてしまって駄目な人間になるのに、何故「名門私立」大学の看板に負けて大金を払ってまでしてくだらない幼稚舎に必死にお受験させる意味が理解できません。クオリティの高い教育内容か、と問われればもそうそうなく、冷暖房がついて教室がきれい、とか、授業妨害する子がいない、とかそういう程度。(我慢をさせられる機会が失われる、駄目人間、問題人間へのとんでもない対処方法が身につかないので、個人的にはディメリットと思う)自分で教材を選択し、父親や母親がそれらの教材を使ってマンツーマンで教える、実績ある塾の必要な授業のみ選んで受けさせるほうがはるかに有意義で、覚えもいいのに。それにそういう私立の学校の教師そのものの人間性と能力にも疑問を感じることが多々ありました。(英語教師なのに英会話でコミュニケーションできない、数学教師が統計分析データが理解できないなど)職場で某私立の6大学出身で、中学校からそこに通っていた人がいましたが、英文メールひとつ碌にかけず、私に代筆を頼む始末。結局彼女はほかの人に酷い嫌がらせをしすぎたせいで(飲み物の中に洗剤を入れた)辞めさせられました。ほかにもエスカレーターであがってきた人間は、問題が多い人物だらけです。これだけ駄目というのがわかっているのに、どうしてお受験を馬鹿みたいにさせたがるのでしょう?一部の企業で確かに「◎×大学出身でも、私立付属高校からいっていないと駄目」とかそういうが出世街道に響く、という例は散見されますので、そういう学閥があるのはわかりますが(程度の低い企業の狭い範囲の話)、必ずしも子供がそのレールに就職先で乗れるというわけではないですよね?昔の某私立小学校〜高校で、良い環境でがんがん勉強させて東大に行かせる、というのならまだ理解できますが、今はもうそういう学校もレベルが下がりきってしまい、失敗したときの人生のリスクが大きすぎる気がします。そこまでして、お金で子供の成長期における教育の機会を奪う意義とは何でしょう?
回答
エスカレータであがってきた学生にも立派な人はいますし、逆にそうでない人で問題のある人もたくさんいます。今まで出会った人がそうだからといって決めつけは良くないかも、です。 ま、エスカレータ指向の一つには、その母校を大変気に入っているということもあると思います。校風から立地から制服から何もかも好き!という場合には、小学校があるのなら、わが子をそこから入れたいと思うのでしょう。 あとは、受験というものに恐怖感がある場合かな。とにかく受験は子供にとっては悪いものだと思っていたり、中、高、大でどこかで不合格の場合に親がどうしたらいいのか分からないという不安もあるでしょう。でも、小学校で何とか入れば、あとはそういう心配は一切なくなるのです。
出典:Yahoo!知恵袋
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