酒・煙草・車などなど、何故お酒だけ・・・に関する記事
質問
酒・煙草・車などなど、何故お酒だけが「強者の論理」?私はお酒が嫌いで一切飲みません。飲み会には過去には嫌々ながら出ていましたが今は一切出ません。煙草は、気管支系の持病があるので吸おうと思ったこともありません。煙や臭いは確かに嫌いです。車は好きです。実際にスポーツカーに乗っています。過去にも何度か「酒・煙草・車のどれが一番迷惑?」といった質問があったかと思いますし、この他にも取り上げる対象があると思いますが、とりあえずこの3つにします。車は、ドライバーは交通弱者に配慮した運転が求められ、事故を起こしたらそれなりの制裁が課せられます。とばしたい人は、公道ではなくサーキットに行きましょう。サーキットでは一切保険が効きませんが、そのリスクは負うべきです。排気ガスについても、内燃機関に頼らなくて済むようになればそれに越したことはありません。煙草は、受動喫煙の観点から分煙がかなり進んできました。喫煙者は肩身が狭いでしょうが、吸う場所はまだ残されています。幸いにも私の周りでは喫煙者はみんなマナーを守っています。ただ最近の禁煙ファシズムぶりはちょっとやりすぎのような気もします。さてお酒です。飲み会で「私は飲みません」と言っても「そう言わずに一杯だけでも」と注がれます。コミュニケーションツールだからという理由で酔っぱらいとの同席を実質強要されます。そして飲まない人間は「人付き合い出来ないヤツ」ということで切り捨てられます。私としては食事会(お酒なしで)であれば断る理由が無いのですが、お酒がなければ話しにならないらしいですね。相手に「何々はイヤです」という時、お酒の場合だけ相手の反応に何か違和感を感じていたのですが、お酒だけが「強者の論理」で駆動されているからではないかと最近思うようになりました。・横断歩道を渡っている歩行者にドライバーが「とっとと渡れよ」・煙草が嫌いな人の目の前で「我慢してたんだから一本ぐらいいいだろ」・酒が嫌いな人の前で「お前は飲まなくていいがオレは飲む」便宜上、車に乗る人や煙草を吸う人を「強者」、車に乗らない人や煙草を吸わない人を「弱者」としたとき、強者は弱者に対する配慮が求められ、その行動も制限され、弱者に対してどこか後ろめたい想いがあったりすると思いますが、お酒だけは強者が遠慮することがありませんし止めさせることが出来ません。何故でしょう?ちょっと質問の趣旨がわかりにくいかもしれませんが、よろしくお願いします。
回答
社会人(42歳男)です。半年前に酒をやめました。以来、飲み会は完全不参加ですが仕事に支障ありません!「飲み会も仕事のうち」などとほざく馬鹿野郎はスルーしています。
出典:Yahoo!知恵袋
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