ハイチの歴史に関して。現在大地震に・・・に関する記事
質問
ハイチの歴史に関して。現在大地震により甚大な被害を受けているハイチは独立以前フランス領でしたが、なぜフランスはハイチを領有したのですか?ハイチの独立以前、大航海時代以降いわゆる「新大陸」はスペイン、ポルトガルが主に領有していたはずです。北米大陸がイギリス、フランスによって領有されるようになった件と何か関係があるのでしょうか?回答の方をよろしくお願いします。追記:できるだけ探したのですが、もし既出でしたらすみません。その場合リンクを貼っていただけたら幸いです。追々記:最後になりましたが大地震被災からの1日も早い復興を願います。
回答
イスパニオラ島を西洋人で最初に発見したのはコロンブスで、1492年のこと。「スペインに似ている!」ということでイスパニオラ島と命名し、領有宣言をしてスペイン領にした。しかしスペインは銀の採掘のために先住民を酷使したため、25万人いた人口は40年後にはわずか500人にまで減少。銀もたちまち掘り尽くされて、スペインは代わりにアフリカから黒人奴隷を導入し、サトウキビの栽培を始めた。>フランスはたまたま中米でほぼ手放し状態だった(現在の)ハイチを見つけ「たまたま」、「ほぼ手放し状態」・・・うーん、そこまではいいすぎ。「たまたま」ではなくて、17世紀になるとフランス人やイギリス人の海賊がカリブ海を荒らしまわるようになり、彼らが根拠地として住みついたのが、現在のハイチ北岸にあるトルトゥーガ島です。「ほぼ手放し状態」ではなくて、海賊たちはスペインの船を襲ったり、奪った積荷を密貿易でスペイン人に売りさばいたため、イスパニオラ島の総督は西部に住むスペイン人を東部へ移住させるとともに、海賊退治のために繰り返しトルトゥーガ島を攻撃した。このためトルトゥーガ島を逃れたフランス人たちは、無人の地になっていたイスパニオラ島の西部へ移り住むようになりました。そして、既にフランスが実効支配していたので、1697年に締結されたレイスウェイク条約により、フランス領ハイチの領域(現在のハイチ共和国の領土)が国際的に確定しました。>スペインとの交渉の結果というより、大同盟戦争でルイ14世のフランス軍はスペイン領ネーデルラントの諸都市を陥落させ、スペイン北東部のカタルーニャにも侵入していたのです。なので、レイスウェイク条約では、交渉というより、強引にスペインに認めさせたということです。
出典:Yahoo!知恵袋
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